海外展開においても重要な”国内の司令塔”
「マザー工場」とは、メーカーが国外に工場を設立して事業を拡大する際に、生産のシステムや技術面でモデルとなる工場を指します。国外に新設された工場はスタートアップ時に技術面・体制面で不完全であることが多く、現地のスタッフだけで問題解決できないことも珍しくありません。そうした際に、文字通り“母体”であるマザー工場が生産体制構築の見本となり、時には問題解決に手を貸すことで国外拠点の機能向上を促進します。
国外の工場は完全に独立して生産体制を確立するのではなく、マザー工場から必要な技術の提供を受け、派遣された技術者や管理者の力を借りながら徐々に事業効率を高めていきます。国外の工場を的確にサポートするためにも、マザー工場は高い技術開発力、マネジメント力、投資判断力などを備えていることが不可欠。最先端の技術とシステムを有しているため、海外展開はマザー工場次第と言っても過言ではありません。
日本には、「国内でのモノづくり(製作)」にこだわる企業が多く存在します。開発と製作には密接なつながりがあるため、「海外進出する場合でも国内にマザー機能を置くほうが優位」だという見方がなされているのです。技術面だけではなく、ほかの拠点よりもすべてにおいて優れた水準であることがマザー工場の条件です。それにより、日本で生み出された独自の技術やノウハウを世界各地の工場に広めるという司令塔の役目を果たすことが可能になります。
R&D機能併設で高まるマザー工場の価値
近年、そのマザー工場に研究開発(R&D)機能を備えた生産拠点が増えています。研究開発拠点の構築手法は、土地を取得してR&Dセンターや研究所を単体で建設する「単独型」と、すでに操業している工場敷地内、あるいは工場とともに建設する「工場併設型」の2パターンがあります。一般財団法人日本立地センターの調べによると、2009〜2015年の間、工場内に研究開発機能が付設された件数は全国で1,356件。これは単体で研究開発拠点を開発するよりも多い数字です。
工場併設型では、開発研究のための研究所が多くなりますが、量産するための研究なので、試作品をすぐに工場で作れることが重要だと捉えられています。研究開発機能を備えた工場が増えているのは、「基礎・応用研究の施設を工場敷地内あるいはその付近に構築すれば、研究から開発、生産までワンストップで管理できるので利便性が高い」と考えている企業が多いからでしょう。
研究開発機能を持つマザー工場を有するメリットはほかにもあります。日本では以前から雇用促進の目的で工場誘致に取り組む地方自治体の動きが見られましたが、近年では特に研究開発機能のあるマザー工場を歓迎する傾向があるようです。海外移転の可能性のある工場では、自治体が街づくりの方針転換を余儀なくされることがありますが、移転の可能性が低いマザー工場ならその心配もありません。定住化による人口増加を狙う地方自治体の思惑と企業の戦略が合致すれば、相乗効果を生むことも期待できるでしょう。
事業推進の拠点となるマザー工場
研究開発機能を備えたマザー工場は生産拠点としてだけでなく、事業推進の拠点にもなります。ある空調メーカーでは、「組立産業で利益を出すには徹底的なコスト管理に加え、日本の独自技術を製品に落とし込むことが不可欠」としています。生産拠点を海外に置く場合でも、国内生産が減少したときに設計の共通化や設備の効率化を図ることでコストダウンを図るだけでなく、技術力も磨いておけば労働力を国内に還元できるというわけです。
マザー工場を事業推進の拠点とするには、当然ながら人材育成への注力も欠かせません。「従来と同じ手法では同じような人材しか育たない」と危機感を抱く企業もあるようです。市場の中で優位性を保つには、技術力を磨くのはもちろん、開発スピードも上げていく必要があるでしょう。基盤技術の評価に若手社員を参加させたり、新しい人材を生み出すべく抜本的な開発フローの改革を図ったりするなど、企業の取り組みはさまざまです。
原価削減や技術力の向上、人材育成に取り組み、競争力を強化して利益を上げることが、市場の中で生き残るための必須条件です。マザー工場には国内で生き残るだけでなく、あらゆる面で海外工場の手本となることが求められています。研究開発機能を持ち、一箇所に機能を集約すればスピーディーな意思決定ができるようになり、研究開発においても工場内で密な連携を取れるようになります。研究開発機能を備えたマザー工場への期待は、今後もより一層高まるはずです。