金利を低く抑えることで、設備投資や人材投資、不動産や株式への投資など、さまざまな投資を活発化させ、需要を喚起することによって経済の好循環を生み出し、それが物価上昇へとつながることを狙いとしていました。
この目標は2022年に達成され、2023年4月に勇退した黒田総裁の花道を飾る成果となりました。
コストプッシュが当たり前の感覚をよみがえらせた
この物価上昇は、2022年の時点では、需要が増加した結果の物価上昇、つまり需要>供給によって起きたものではありませんでした。
むしろ、原材料価格の上昇に耐えきれなくなった供給側が価格を転嫁したことが主な要因でした。
その後、需要が急回復すると、需要増加による影響も物価上昇の一因となったと考えられます。
2022年半ば以降、食品や日用品といった消費財の分野では「原価上昇による値上げは仕方がない」という認識が広がり、長らく続いていた「無意識の中でのデフレ感覚」は薄れました。その結果、「状況に応じて物価は上がるもの」という感覚が再び浸透し、物価上昇はあらゆる分野に広がりました。
この数年間で複数回の値上げが行われ、10〜20%の価格上昇が当たり前となる状況が見られました。
「無意識の中でのデフレ感覚」が払拭された影響は非常に大きく、この先、(いつまで続くかは分かりませんが)何らかの明確な要因があれば、物価が再び上昇する状況が続くと考えられます。
2025年・2026年の物価上昇において、「明確な要因」となり得るのは、人件費(賃金)の上昇です。賃金の上昇は大企業だけでなく、中小企業や個人事業主にまで波及する可能性があり、政府による下請け業者との価格交渉促進策などもその背景にあります。人件費の上昇はサービス関連費の上昇を招きます。
不動産関連業では、たとえばマンション管理業など人件費の比率が高いサービスでは、価格上昇は避けられないでしょう。
また、建築工事費においては、原材料費の高騰に加え、職人不足に伴う人工費(職人の賃金)の上昇が続いており、建築工事費のさらなる上昇は確実な状況と言えます。
不動産価格上昇のトリガーは?
一方、不動産価格は、2013年5月からの金融緩和政策による金利低下に加え、2012年頃に不動産価格が底打ち感を見せ、上昇の兆しが現れていたことが重なり、需要の増加によって価格上昇が続きました。この需要は海外投資家にも広がり、安定的に増加を続けており、現在も好調を維持しています。
このように、消費財の価格上昇のトリガーはコストプッシュである一方、 不動産価格の上昇のトリガーは低金利です。「相対的な低金利」が続く限り、不動産市況の好調も継続すると見られます。
現在の方が実質金利は低い
2024年は政策金利の上昇が見られました。3月の日銀金融政策決定会合では、いわゆるマイナス金利が解除され、7月31日の金融政策決定会合では政策金利が事実上0.25%となり、2008年12月以来の金利水準となりました。
政策金利の上昇は短期プライムレートの上昇、さらに住宅ローンや不動産投資融資における変動金利の上昇につながるため、不動産市況への影響が懸念されました。しかし、2024年末現在、不動産価格は安定して推移しています。
固定金利に影響を与える長期国債金利は、2024年初頭には0.6%台で推移していましたが、年末には1%程度に上昇しました。
金融機関で借り入れを行う際の金利は、店頭金利(金融機関が公表する金利)から優遇分を差し引いたもので、これを「名目金利」と呼びます。
一方、インフレ率を加味した金利は「実質金利」と呼ばれ、次の式で計算されます。
実質金利 = 名目金利 - 期待インフレ率
たとえば、2016年のインフレ率が0.5%程度だった場合、1.5%の名目金利で借り入れを行えば、実質金利は 1.5% - 0.5% = 1.0% となります。
仮に2024年に2.0%の名目金利で借り入れを行い、インフレ率が2.5%であれば、実質金利は 2.0% - 2.5% = -0.5% となります。
このように、名目金利が上昇していても、実質金利は低下している場合があります。現在では、借入金利にもよりますが、実質金利で見ると「低金利が続いている」と言える状況です。
また、政策金利の上昇に伴う名目金利の上昇はインフレ期に起こるため、名目金利がインフレ率を大幅に上回るような上昇がなければ、実質金利が大きく上昇することはありません。
さらに、物価上昇期には賃料の上昇も期待できるため、投資用不動産の価格が大幅に下落する可能性は低いと考えられます。ただし、これは需要が継続していることが前提です。
物価上昇を見込んだ計画を
「物価の番人」と呼ばれる日銀は、年に4回(1・4・7・10月の日銀金融政策決定会合の後)「展望レポート」の中で、今後の物価上昇の見通しを公表しています。
その最新版(24年10月)によれば、24年の物価上昇の見通し (CPIコア:前年比)は、2.5%とし、25年は(同)1.9%、26年は(同)1.9%となっています。24年は何度か修正されて結局2.5%程度で落ち着きそうですが、25年・26年はやや上昇幅が縮まり2%程度となる見通しのようです。
しかし、このところは、円安傾向が進んでおり原材料費が再び上昇する可能性があること、また賃金の上昇により人件費の上昇が避けられそうにないこと、エネルギー価格の上昇が続いていることなどから、2%の予想よりも高くなる可能性もありそうです。
少なくとも25年・26年は物価上昇が続くそうです。その前提での建築計画、不動産売買計画などと行っていただきたいと思います。
吉崎 誠二 Yoshizaki Seiji
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。立教大学大学院 博士前期課程修了。
(株)船井総合研究所上席コンサルタント、Real Estate ビジネスチーム責任者、基礎研究チーム責任者、(株)ディーサイン取締役 不動産研究所所長 を経て現職。不動産・住宅分野におけるデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーションなどを行うかたわら、テレビ、ラジオのレギュラー番組に出演、また全国新聞社をはじめ主要メディアでの招聘講演は毎年年間30本を超える。
「不動産サイクル理論で読み解く 不動産投資のプロフェッショナル戦術」(日本実業出版社」、「大激変 2020年の住宅・不動産市場」(朝日新聞出版)「消費マンションを買う人、資産マンションを選べる人」(青春新書)等11冊。多数の媒体に連載を持つ。
レギュラー出演
ラジオNIKKEI:「吉崎誠二のウォームアップ 840」「吉崎誠二・坂本慎太郎の至高のポートフォリオ」
テレビ番組:BS11や日経CNBCなどの多数の番組に出演
公式サイト:http://yoshizakiseiji.com/